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SAMPLE.4

???

「大丈夫?」

煌子

「…………」

 

いや、幻覚なんかじゃない。

ミルクティーの缶を差し出してきた男性は私に対して微笑むと、腰をかがめて私と目線を合わせた。とても穏やかそうな男性だ。

 

穏やかそうな男性

「ごめん、待ったかな?」

 

煌子

「は?」

 

穏やかそうな男性

「いやあ、仕事が遅くなってしまった。さ、行こうか。あ、このミルクティー飲んじゃって。早くしないと冷めちゃうよ」

 

煌子

「ちょ……って」

 

ぐいぐいと私にミルクティーを押しつけてくる男性。まるで顔見知りのようなフランクさで話しかけてきているが、私は彼の知り合いなんかじゃない。

 

煌子

「あの、意味がわからないんですけ――」

 

穏やかそうな男性

「話を合わせて」

 

鋭い声色で、私の耳に唇を寄せて彼は言った。

 

穏やかそうな男性

「君、結構な人数に見張られてる」

 

煌子

「!?」

 

嘘だ、ちゃんとあの男たちは撒いて――……。

 

目の前にいる男性の視線が、右に動く。それを追って、私もそちらへ目をやり……絶句した。

いる。いるじゃないか。

 

電信柱や道を挟んだガードレールに寄りかかっている男たちが、一定の距離を保ちこちらを注視している。

煌子

「……うそ……」

 

あれか。

私がこの繁華街を抜けて1人になったところで、捕まえちゃおうとかいう作戦なのだろうか。

 

嫌だ。

私は何もしちゃいない。捕まえるなら父にしてくれ。

 

身内を売るような思考を繰り広げている私に対し、目の前の男性は手を伸ばした。

 

穏やかそうな男性

「じゃ、行こうか」

 

煌子

「あなたも怪しいんですけど」

 

穏やかそうな男性

「え、そう? 怪しい男とか初めて言われたなあ」

 

男性は頭を掻いた。

 

……見た目は、爽やかそうではある。チャラくもなく黒い雰囲気もてんでない。人を安心させる穏やかな口調に優しげな顔つき。

………………怪しい。

 

でも――……。

 

私は相当混乱しているようだ。そんな怪しい男性の手を、取ってしまった。

 

自宅前にたむろしていた男たちから逃れたい。

頭が、いっぱいいっぱいだった。

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